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多層世界とリアリティのよりどころ

多層世界とリアリティのよりどころ

メタヴァースやミラーワールドといった仮想空間や現実空間をデジタル化した鏡像世界が現実のものとなり,いよいよ実装されつつある現在,さまざまな場面で,私たちはリアルなものとヴァーチュアルなものが共存する世界を生きるようになっています.

たとえば,現実世界の建築が仮想世界でのシミュレーションにもとづいて設計されるなど,仮想世界が現実を模倣するだけではなく,現実が仮想世界から触発されるといった,現在の多層世界のあり方は,両者を明確に切り分けることができなくなっています.

リアルとヴァーチュアルは,こちら側とあちら側のような対概念なのではなく,その間の無数のグラデーションの中に,それぞれのバランスで共存するものとなっているのではないでしょうか.リアルとヴァーチュアルの間で,自分の居心地のいいバランスの取り方を,それぞれが設定していくことが求められるようになるのかもしれません.

私たちが現実とシームレスに,もうひとつの現実としての拡張世界を持つようになった現在(未来)において,多層世界時代の現実のあり方はどう変化するのでしょうか.この展覧会では,これからの私たちのリアリティのあり方とは,アクチュアルなものとは何かを考えてみたいと思います.

ハイパー展示

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開催概要

会期:2022年12月17日(土)—2023年3月5日(日)
会場:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]  ギャラリーA ,ハイパーICC
開館時間:午前11時—午後6時(入館は閉館の30分前まで)
* 2022年12月20日(火)は,イヴェント開催に伴い,展示時間を午後7時まで延長します.展覧会への入場は午後6時30分まで.
休館日:月曜日(月曜日が祝日の場合は翌日),年末年始(12/26–1/4),保守点検日(2/12[日])

入場料:一般 500円(400円),大学生 400円(300円)
「ICC アニュアル 2022」展とのセット券:一般 800円(700円),大学生 600円(500円)
 (事前予約制・当日入場は事前予約者優先)
*( )内は15名様以上の団体料金
* 身体障害者手帳をお持ちの方および付添1名,65歳以上の方と高校生以下,ICC年間パスポートをお持ちの方は無料

主催:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC](東日本電信電話株式会社)
住所:〒163-1404 東京都新宿区西新宿3-20-2 東京オペラシティタワー4階
アクセス:京王新線初台駅東口から徒歩2分
お問い合わせ:フリーダイヤル 0120-144199
URL:https://www.ntticc.or.jp/
アクセス:京王新線初台駅東口から徒歩2分

* 諸事情により開館時間の変更および休館の可能性がございます.最新情報はウェブサイトなどでお知らせします.

お問い合わせ:

TEL:0120-144199(フリーダイヤル)
WEB:https://www.ntticc.or.jp/ja/about/visit/contact/inquiry/

多層世界を見つめる
それぞれのリアル,これからのリアル

企画展「多層世界とリアリティのよりどころ」は,2020年度の「多層世界の中のもうひとつのミュージアム」*1,そして,2021年度の「多層世界の歩き方」*2に続く,「多層世界」をテーマにしたシリーズの3回目となる展覧会です.

2020年,新型コロナウイルス感染拡大によって,私たちの生活は大きく変化しました.感染拡大を防ぐため,外出や移動の自粛が求められ,多くの人が集まることが制限される状況で,展覧会やライヴ・イヴェントが中止される事態が相次ぎました.一方,メタバースと呼ばれるヴァーチュアル空間での展覧会やライヴ・イヴェントが数多く行なわれました.それらは,さまざまな生活や活動を,現実の世界からヴァーチュアルな情報世界へと分散,多層化させる試みだったといえるでしょう.

ICCでは,2020年度から,コロナ禍以降の状況を受けて,オンライン・プラットフォームの構築や,ヴァーチュアル・ミュージアムの可能性を試行してきました.この「多層世界」をテーマにした展覧会は,そうしたリアルなものとヴァーチュアルなものが共存する状況を反映し,現実世界と情報世界の重なり合った状況を多層的な世界としてとらえたものです.コロナ禍も契機のひとつとなった,メタバース,ミラーワールド時代の到来といった時代状況の中で制作された,現実世界と情報世界の間を往き来する現在のリアリティを表現したアート作品を展示し,それらを,時代状況から照射することを試みています.

3回目となる企画展「多層世界とリアリティのよりどころ」では,このような多層的な世界の中を生き,その営みから生まれてくる,より身近なもののリアリティに着目し,この3年間におけるコロナ禍以後の社会の変化と,私たちをとりまくメディア環境の変化,そして,その中で私たちのリアリティはどのように変化しているのかをテーマにしています(もちろん,それはそれぞれの展覧会にも共通するものでもあるのですが).それは,これまでの「多層世界」のふたつの展覧会を経て,現在の情報環境とその進展がもたらすだろう,これからの社会における,私たちの実感(feeling of reality)を反映したコミュニケーションのあり方であり,そこにどのような風景が見えてくるのかを示唆する作品によって構成されています.

これまでなかなか定着しなかったリモートワークが急速に推奨されるようになる一方,大学などのリモート授業は徐々に対面授業に戻っていきました.また,オンライン会議ツールや,それらを使用したミーティングなどが,コロナ禍以降積極的に導入されるようになり,一般に定着していきました.2020年には多くの美術館が急速に対応した,オンラインでのヴァーチュアル展覧会開催の試みなどは,現在では,場合によっては入場制限もあるにせよ,従来の鑑賞方法による現実の展覧会へと回帰していくようになりました.現在の状況は,ある意味では,かつてのような新しいシステムの導入に対する緊急性を持たなくなったともいえるでしょう(依然として,その可能性は追求されるべき対象ではあると思いますが).
それは,この3年間で私たちが直面することになった「新しい生活様式」を受け入れながら,そうした新しいシステムに置き換えられたものと,以前のやり方に戻っていくものが,それぞれの状況に応じて社会に浸透しつつ,社会制度の再設定が行なわれているかのような様相でもありました.

私たちは,現在さまざまな場面でリアルなものとヴァーチュアルなものが共存する世界を生きるようになっています.それは両者がすでに別々なものとは認識されないほどに日常化し,現実の延長として私たちの社会の一部となっています.仮想世界が現実を模倣するだけではなく,現実が仮想世界から触発される,そうした現在の多層世界のあり方は,両者を明確に切り分けることを困難にしています.私たちの生活においても,リアルとヴァーチュアルは「こちら側」と「あちら側」のような対概念というよりもグラデーションのようなものと捉えることができるのではないでしょうか.そして,そのグラデーションの中で,どこが自分にとってバランスのよいポイントであるのかを見出し,そこでそれぞれのリアルを生きることが,これからの私たちに求められていくのかもしれません.

藤原麻里菜によるオンライン会議ツールを扱った一連のシリーズは,コロナ禍で生まれた私たちの新たな生活の場面で,多くの人が感じたであろう違和感やフラストレーションについて,ユーモアを交えた「無駄」な装置として制作されています.これらの装置は,この数年間で新たに生まれた私たちの共有体験の実体化でもあり,この状況を独自の方法で理解,解釈しようとするためのブリコラージュ的なインターフェイスとしても見えてきます.

谷口暁彦の《骰子一擲 / a throw of the dice》は,サイコロを投げるリアルタイム・シミュレーションによって,サイコロが毎回6つの目のどれかに着地しながら,どれもが毎回異なる転がり方をする作品です.サイコロの6つの目それぞれに,かつてどこかで実際にサイコロが落ちた風景を対応させ,目が出るたびに6つの異なる時間と場所が出現します.それは,サイコロの6つの目に収束する世界のありうる状態に対して,サイコロが振られた回数分の,毎回異なる予測不能な世界のありようを示唆します.

柴田まおは,ブルーシートなどの素材で覆われた青い彫刻作品を制作しています.それは,ウェブカメラで撮影され,クロマキー合成機能によって透明化してしまう彫刻作品です.このような映像の合成機能は,コロナ禍以降多用されるオンライン会議ツールにも搭載されており,日常的にオンラインのコミュニケーションの中で使用され,いまでは見慣れた風景にもなっています.合成することが前提となっているイメージと物の関係や,その存在の曖昧さを,彫刻を通して考察しています.

たかはし遼平は,コロナ禍においてヴィデオ・ゲームの3D空間内を散歩した経験から,ゲーム内の風景を構成する要素である植物の3Dモデルに着目しました.それらは,現実の植物に似せて造られていながらも,ゲームのさまざまな目的や制約によって現実の植物とはまったく異なる構造を持っています.そこからはヴァーチュアルな世界の独自の生態系を見出すことができます.

そうした植物の3Dモデルをはじめとする,ゲームを構成するために制作された3Dデータは「アセット」と呼ばれます.こうしたアセットは,ゲーム制作に欠かせない素材として販売され流通しています.そのため,ひとつのゲーム内で繰り返し使用されるだけでなく,異なるゲーム間で同じものが使用されることもあります.佐藤瞭太郎は,そうしたゲームの世界を越境して流通するアセットという存在を漂流物として捉え,キャラクターの3Dデータの即物的なデータとしての側面と,キャラクターとして演技し,ストーリーを担う俳優としての役割とを併置して見せます.そうした二重性はヴァーチュアルな空間において3Dデータとして表象されるものたちの存在論でもあります.

内田聖良もまた,アセットを用いた作品を制作しています.《バーチャル供養講》は,他人と会うことが禁忌となった時代の新しい民間信仰というフィクションを仮構し,「バーチャル供養堂」 という供養のためのお堂を作りました.そこでは,さまざまな人の記憶や感情のこもった,捨てられない物が3Dスキャンによってデータ化され,その物にまつわるエピソードとともに奉納されています.また,これらの3Dデータは「ShadowAssetStore」というSketchfabのアカウントで物語とともに公開され,アセットとして誰もが再利用することができます.記憶や感情が,デジタルデータとともに供養として残され,共有・流通されるとき,私たちにとっての記憶や感情のあり方や,それらを共有する共同体のかたちも変わっていくでしょう.

トータル・リフューザルの《How to Disappear》は,第二次世界大戦をモチーフにした『バトルフィールドV』というヴィデオ・ゲームを用いて制作された映像作品です.作品の中では,ゲームの世界での脱走の不可能性と,現実の戦争での脱走兵の歴史が対比されます.ゲームの世界は,現実の世界よりもはるかに限定的で,単純に作られています.それゆえ,ゲームの中には脱走の可能性や平和は用意されていません.そうした,ゲームの中の戦争と現実の戦争の差異を,脱走という行為を通じて繰り返し示しながら,さまざまなレイヤーから「いかに逃走するか」を考察しています.

展覧会は,そうした状況の中に立ち現われる私たちの意識の変化を反映し,現在のさまざまなメディアのあり方をそれぞれのリアリティによって考察した作品によって構成されています.それらは,アーティストたちそれぞれのリアリティの反映であると同時に,私たちが現実とシームレスにもうひとつの現実としての拡張世界を持つようになった現在(未来)において,これからの私たちのリアリティのあり方とは,アクチュアルなものとは何かを考えさせます.

*1——特別展「多層世界の中のもうひとつのミュージアム──ハイパーICCへようこそ」 2021年1月16日—3月31日開催.
*2——企画展「多層世界の歩き方」 2022年1月15日—2月27日開催.

谷口暁彦+畠中実

キュレーション:畠中実,谷口暁彦
キュレトリアルチーム:指吸保子,鹿島田知也
ハイパーICC共同キュレーション:谷口暁彦
監修・会場デザイン:NOIZ
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