本展は,2020年度企画展「多層世界の中のもうひとつのミュージアム」*1
から続く,オンラインでのコミュニケーションがより多様な形で生活に浸透した現在の情報環境をテーマにした展覧会です.
現実世界と情報世界,さらにその媒介となる「コモングラウンド」*2
を多層的な世界としてとらえ,この情報環境をどのように「歩く」ことができるのかをアート作品や情報環境状況の解説などを通じて提示します.
コロナ禍以後,ミラーワールド時代の到来,といった時代状況に影響を受けた,現実世界と情報世界の間を往き来する,これからのリアリティを表現した作品を紹介します.
コロナ禍以後,オンライン会議ツールやVRチャットなど,オンライン上でのコミュニケーションがより多様な形で生活に浸透し,メタヴァース,ミラーワールドが,オンラインゲームでのライヴ・イヴェントなど,コミュニケーションや経済活動の「場」として注目を集めています.また,ウェブサイトで開催される展覧会など,以前とは異なる作品発表が行なわれるようになり,鑑賞や体験の方法が変わりつつある状況下で,表現や作品自体もまた変化しています.
この情報環境で私たちに起きている変化が,どのようにこれからの私たちを変えていくのでしょうか.そのような現在の多層世界をどのように歩き,どのようにとらえることができるのか.この多層世界からインスパイアされた表現と,テクノロジーが実現するかもしれない未来像を重ね合わせ,この新しい世界を,多層世界の散歩者として考えてみたいと思います.
*1——特別展「多層世界の中のもうひとつのミュージアム──ハイパーICCへようこそ」 https://www.ntticc.or.jp/ja/exhibitions/2021/the-museum-in-the-multi-layered-world/
*2——コモングラウンド:現実世界(モノ)と情報世界(デジタル)がシームレスにつながる生身の人間も,ロボットやアヴァターなどの「デジタルエージェント」が共存するインフラとしての環境を指す.
参考:ICCでは,これまでにも,「メタバース研究会」(2009–11)や「インターネット・リアリティ研究会」(2011–13)など,有識者の方々の知見をもとに情報環境についての研究会を開催してきました.
ICCメタバース・プロジェクト https://www.ntticc.or.jp/ja/feature/2009/MetaverseProject/index_j.html
インターネット・リアリティ研究会 https://www.ntticc.or.jp/ja/feature/2012/Internet_Reality/index_j.html
開催概要
会期:2022年1月15日(土)—2022年2月27日(日)
リアル会場:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] ギャラリーA,ハイパーICC
開館時間:午前11時—午後6時(入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日(月曜日が祝日もしくは振替休日の場合翌日),保守点検日(2/13)
入場料:一般・大学生 500円(400円)/ 高校生以下無料
(事前予約制・当日入場は事前予約者優先)
*( )内は15名様以上の団体料金
身体障害者手帳をお持ちの方および付添1名,65歳以上の方と高校生以下は無料
予約方法の詳細は,後日ICCのウェブサイトにてお知らせいたします.
*休館日以外においても,開館時間の変更および臨時休館の可能性がございます.
主催:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC](東日本電信電話株式会社)
住所:〒163-1404 東京都新宿区西新宿3-20-2 東京オペラシティタワー4階
アクセス:京王新線初台駅東口から徒歩2分
URL:https://www.ntticc.or.jp/
お問い合わせ:
TEL:0120-144199(フリーダイヤル)
WEB:https://www.ntticc.or.jp/ja/about/visit/contact/inquiry/
展示作品
相川勝《K2を登る》2021年
相川は,一般に公開されている衛星写真と地形データを組み合わせて,K2やマッターホルンなどの世界の名山や砂漠など,自分が行ってみたい場所周辺の3DCG空間を自ら構築しました.さらに,それらの仮想空間内を自由に歩き回り,実在する登山ルートをたどって山頂まで到達したり,国境線に沿ってずっと歩いたりしています.本展示では,仮想空間内を移動していくところを記録した映像作品と,そのなかで撮影された写真作品を併せて展示します.
青柳菜摘+佐藤朋子《TWO PRIVATE ROOMS—往復朗読》2020年
青柳と佐藤は,コロナ禍が本格化した2020年4月から,その日ごとに物語やその断片を読みあう〈往復朗読〉に取り組んでいます.このプロジェクトは二人がお互いに会うことなく,交互に本を選びTwitter上でイヴェント配信をするというオンライン朗読パフォーマンスとして現在も継続中で,これまで,パフォーマンスの映像記録や付随する作品を展覧会やウェブサイトで発表してきました.本展では,SNSという場が,パフォーマーおよび鑑賞者が自分の今いる場所から物理的な移動なしでアクセス可能なステージとして機能していることに着目し,リアル会場での展示やオンライン配信など複数の手段を用いたメディア・プロジェクトとして展開する予定です.
うしお鶏《かえり道》(新作)
うしおは,日常生活で発生するシチュエーションや日用品などをモチーフに,自作のマンガやアニメーションなどと組み合わせたインスタレーション作品などを発表しています.本作品はICCのオンライン・アーティスト・イン・レジデンス・プログラムの一環として制作されたものです.うしおは,オンライン上での作品展示という前提から,映像やマンガなど既存の手法を踏まえつつ新たな物語りのあり方を探っていくなかで,ウェブブラウザを閲覧する際に一般的に使われる画面スクロール操作に着目しました.鑑賞者は,マウスなどでスクロール操作をすることで,作品内の空間の奥のほうに自らも進んでいく感覚を得ながら,同時に物語が展開していくのを読み進めていくことができます.
制作協力:森浩一郎
臼井達也《amazon basics 83,799》2021年 ほか
《amazon basics
83,799》は,世界最大手のECサイトAmazonのプライヴェート・ブランドであるAmazonベーシックの商品を実際に購入し,それらを組み合わせて空間に配置し,空間的に構成したインスタレーションです.タイトルにある数字「83,799」は本作を制作するのに使用した商品の総購入額を表しています.これらのモチーフの組み合わせは,日夜Amazonをブラウズして鍛えられた臼井の選択眼によって集められたもので,アーティストのこだわりや指向性が表れています.一方で,83,799円を支払いさえすれば,全モチーフをAmazonで入手し,本作を再現することができます.臼井はこの作品で,美術作品とはなにか,インターネット・ショッピングから生まれる現代における既製品芸術(レディメイド:既製品やすでにあるものそのものを加工したりせずに作品として提示するもの)や,作品の複製性(芸術作品とは唯一無二のものであるという考えかたに対して,同じ芸術作品が複数存在すること)について問いかけています.
海野林太郎《チュートリアル》 2019年 ほか
海野は,FPS*3
に代表される一人称視点のヴィデオ・ゲームをモチーフにした映像作品を複数制作しています.登場するのは現実の空間や人物であるにもかかわらずヴィデオ・ゲームそのもののように感じられるのは,プレイヤーが操作する主人公の動きに伴って生まれる画面の微妙なブレや急激な移動などを,カメラを固定した海野自らの身体を巧みにコントロールすることで,忠実に再現しているからです.出演者もゲーム内のアヴァターのように振る舞い,両者に備わったヴィデオ・ゲーム的身体性によって,現実とヴァーチュアルな空間との境界が揺るがされ,世界が多層なものとしてあらためて立ち上がります.
*3 ^ First-Person Shooterの略.主人公=プレイヤー本人の視点でゲーム中の空間を任意に移動でき,武器もしくは素手などを用いて戦うアクションゲームのスタイル.
谷口暁彦《やわらかなあそび》 2019/2021年
《やわらかなあそび》は,クッション素材でつくられた子供のための遊び場「ソフトプレイ」をモチーフに,現実のシミュレーションとしてのヴァーチュアル空間と,現実との関係をテーマに制作/上演されたパフォーマンス作品です.
谷口本人が,舞台の上で作者自身のアヴァターを操作しながら上演され,初期コンピュータとネズミの関係性,インターフェイスとしてのマウスの由来や,タッチパネル,ハーメルンの笛吹き男,3DCG空間での身体について,VRchat上で実際に起きた事件などに言及しながら,部分的に似ていて,部分的に似ていない,ヴァーチュアルな空間と現実の空間との関係性について語っています.
本展覧会に際して,展示用にアップデートし,さらにハイパーICCヴァージョンとしてリメイクされる予定です.
ホズニ・アウジ《Airplane Mode》2020年
《Airplane
Mode》は,プレイヤーがパイロットではなく乗客となるフライト・シミュレーター・ゲームです.民間の旅客機に乗り込み,大西洋横断のフライトを待つ間,プレイヤーは窓際の席でどのように過ごすかを決め,あとは現代の航空技術に委ねます.出発地から目的地まで,実際にかかる飛行時間を体験することができます.
セマーン・ペトラ「Monomyth: gaiden」2018–2020年
「Monomyth:
gaiden」は,2018年から2020年にかけてセマーンが日本滞在した際に制作された全四部作の映像作品です.神話学者ジョーゼフ・キャンベルは,世界中の民話や神話が,英雄が日常から非日常へと旅立ち,通過儀礼を経てまた日常に帰還するという共通の構造をもつと論じ,それを単一神話論と名付けました.タイトルの「Monomyth(モノミス/単一神話)」はそれに由来し,セマーン自身をモデルにしたアヴァター「Yourself」が,モノミスの物語構造をなぞりながら,実写映像,写真,アニメーション,CGといったさまざまなデジタル領域が多層的に重ねられた〈非日常〉世界を旅します.そして映画やアニメーション,ヴィデオ・ゲームにおけるリアリティとフィクションの交わりを見つめながら,私たちの記憶や自分自身がどのように構築されているかを解明しようとしています.